明日目が覚めたら 僕は

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陽だまり

 06, 2017 00:17
その家は
下北沢の住宅地の一角にあった。

戦前の建物が残った区域で。
洒落た洋館がいくつも残っていた。

周りは開発されて
新しい今どきの家が立ち並ぶ中、
そこの一角だけは。

時間が止まったかのようだ。
―――


日曜日の午前中。
ピアノの音が聴こえる。

木造の古い平屋の家で。
そのピアノの音は奏でられる。

練習の日は。
一人電車を乗り継いでここまでやってくる。
蔦の絡まったその外壁づたいに歩きながら
少しだけ練習不足を指摘されるのではないかという
不安に苛まれながら足取りは少しだけ重い。

意を決して
チャイムを鳴らすと
黒いタートルネックにシフォンのスカートの
彼女が嬉しそうに玄関の戸を開ける。

「いらっしゃい」

そう言って。
今日は他の生徒もいなくて
僕が一番最初だったらしい。

日本家屋なのに無理やりグランドピアノを
運び込んだからなのか
部屋はグランドピアノがぎゅうぎゅうに押し込まれている。

そこに人ひとりやっと座るスペースが確保されていて
僕らはいつも先生と割と至近距離でそこに座ることになるのだ。

窓から差し込む朝の柔らかな日差しが。
部屋の塵が舞うのをやけに鮮明に照らす。

先生がかつて欧州に留学していたものの名残が
この部屋には点在している。

狭い空間に小さな絵画が飾られ、
そして、グランドピアノの上にも
よくわからないがきっとあちらのものであろう人形が
置かれていた。
白い陶器でできた少女の像だ。

その少女がいつも僕を見つめている。
少しだけ微笑んで。

「先生。あまり練習してこなかった」

さあ、弾いてみて。
と言われる前に先手を打ちたかった。


そう言えば。
上手く弾けなくても
許してもらえるように思えて。


なのに。
先生は真顔で言うんだ。

「今出せる音を出してみて」

先生にとっては。
どれだけ練習したか、しなかったかなんて
関係ないんだ。

先生の耳に届く音が全てなのだから。


先生が楽譜を開いたその瞬間。

古い家特有の。
その家が持っている匂いを感じて
なぜか胸が震えた。

――――


「詮君。このパートもう一度弾いてみて。」
僕が苦手とするところを
先生は瞬間でかぎ分ける。

そこをこれでもかというくらい何度も何度も
おなじフレーズをただひたすら弾かされる。
頭の中がおかしなリズムでいっぱいになる。


一瞬。
ああ。これだ。という瞬間に。

先生が
「いいよ。じゃ次」
と一言。

僕はその一言で。
いつもすべてが報われる気がする。


レッスンの終わりに。
いつも応接室に通されて
お菓子とジュースをいただいて
帰るのがここのルールだ。

今どき。
僕らの時代であれば。
ケーキは甘さ控えめで
デザインだってかわいいものが
たくさんあるのに。

ここで出されるお菓子は。
微妙に甘さが控えめだったり。
時にすごく甘かったり。
この家の古さとは
妙にマッチしている気がするような。

ああ。
そう、アンティーク。
言うなれば。
アンティークな趣き。

全てにおいて。


―――

「同じところを何度も弾いていたな」

応接室に入って
思わぬ人がそこで待っていた。


「パパ!」

いつもはママか、ママの恋人長町さんが
一緒に来て待っていることが多いのに。

今日は珍しくパパがそこにいて待っていた。


「どうしたの!」

嬉しそうに歩み寄る詮は。
昔の。
父と母と一緒に過ごしていた
あの頃の自分と重なる。

無邪気に。
なんの疑いもなく。
幸せがずっとずっと
続くものだと思っていた
あの頃の自分と。



「ああ。詮。たまにはいいだろ」
と笑うパパは。

僕にとっての自慢のパパだ。
一緒に歩くと
周りの人が振り向く。

長町さんといても
みんな振り向くんだけど。
なんていうかちょっと違う。

パパを見るみんなの目は。
とても幸せそうな表情なんだ。
美しいものを見た。
というような。

そういう気持ちにさせる。

そのちょっと茶色い髪の柔らかさや
日本人離れした透き通る白い肌。
そして目を伏せた時のまつ毛のその
密度に。

息子の僕でされ見とれるくらいだもの。

「僕はパパに似てる?」

帰り道。
パパにいつも訊ねる言葉を
今日も僕は訊ねる。


「似てるよ。そっくりだ」

そう言ってほしくて。

僕と一緒に歩くときは。
少しだけゆっくりと歩いてくれるのも
僕は知っている。

僕の目線で。
僕の見るものを一緒に
感じてくれるのも知っている。



「ああ。早くパパみたいになりたい」
そういうと
パパは笑って答える。

「ゆっくりでいいよ。」

詮。と優しく微笑む。
ゆっくり大きくなれ。
ゆっくり、しっかり周りを見てごらん。
自分の目線だけではなく
その人の目線で物事を見るんだ。
それは君の心を
豊かにしてくれる。

そう言って笑う。
僕にはまだ難しくて
できそうにないよ。
というと、

そうだな。
ゆっくりわかっていけばいいさ。
とまた笑う。

「そうだ、詮。ピアノ、今度パパにも
教えてくれ」

そう言われて僕は驚く。

「え、パパに教えるの?」

ああ。
と嬉しそうに頷く。


パパに教えられることが僕にあるのかあ。
そう思うと。
憂鬱だった日曜日のレッスンも。
あの時間が止まったような先生の家の匂いも。
楽しみに思えるから不思議だ。


「いいよ」
ちょっとだけ。
ちょっとだけ胸を張って。
嬉しそうに顔をあげる。

そんな小さな彼の姿を優しい眼差しで
見つめる。

休日の朝の。
穏やかな日差しが。

いつまでも二人に降り注ぐ。


いつか大人になったときに。
ふと思い出す記憶のひとつとして。
今の瞬間が残りますように。

僕は密かに。
そう願った。


この小さな僕と一緒に
この陽だまりの道を

ゆるゆると歩く
いつまでも
どこまでも








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COMMENT - 2

Mon
2017.01.09
19:14

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Mon
2017.01.09
23:21

柏木 けい #-

URL

Re: 剛パパ

S様!コメントありがとうございます!
薪さんが微笑むシーンすごく好きなんです。
そういう優しい顔を思い描いて書きました。

私も薪さんを見たら幸せな気持ちになるなあ。
会いたいなあ・・・。


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