「残業はほとんど今はしていないのよ。
もうすぐ産休に入る時期なの」
ええ、
おかげ様で順調よ。
そう言って笑う彼女は
いつも明るくて
たくましく、そして
底なしに優しい。
たまの出張で科警研に
来た時にもなかなか
会うこともなかったのに。
今日に限って偶然
ここで再会した。
「昔。買い出しにでかけるあなたに
ここで偶然会ったわね」
(ああ、あれは。偶然ではなかったのだ)
そう思い出したが、
青木は
ええ、と穏やかな笑顔で返した。
薪さんと
あの時のように
ずっと一緒にいることが
当たり前でなくなって。
お前はもう僕の部下じゃない。
お前ははやく福岡に帰れ。
お前は・・・
遠ざかっていく関係性。
あの頃のように
薪さんのもとで
一緒にいたいと思うことは
第八管区を任されているにもかかわらず
甘えでしかないと分かっているのに。
「もっと。一緒にいたいと思ってしまうんですよね」
ははっ。
と苦笑いを浮かべる青木を見て
雪子はため息をついた。
「馬鹿ね・・・・。
彼は。だれよりもあなたに幸せになってほしいと
おもっているわ」
結婚して家庭を持ってほしい。
幸せな未来をあなたに。
と願ってやまないのよ。
今もきっと。
あなたが舞ちゃんと幸せであることが
彼の幸せでもあるのよ。
だから。
あまり彼の感情を揺さぶらないほうがいいわ。
「感情を揺さぶる?」
本当に分からないの?
と訝しい表情をして
雪子は先ほどの青木のような
苦笑いを浮かべた。
「あなたの存在は。
彼にとって、生きたいと思える唯一の希望なのよ」
でも。
それでは、薪さん自身の幸せは?
「幸せ?」
不思議そうな顔をして
見つめる。
「そうね。聞いてみたら?」
私も興味あるわ。
剛君の幸せ。
あの人。
自分のことなんて
どうでもいいみたいな。
そういうところあるのよね。
意外とあなたや、
周りの部下のこと、
心配してたりするのに。
「「気がついたら寂しいおじいちゃんになっちゃうわよ」
って言ってあげたほうがいいかもね。」
そう言って雪子は自分のおなかを静かにさすった。
あんなに
愛されている人なのに。
自分のことはおざなりなの。
「おなかの子が動いてるみたい。
お家に帰りたいのかしら。
青木君、また、、ね。」
そう言って雪子は
笑って立ち上がった。
あの人は。
心のどこかで。
「家族」に憧れて。
「家族」から一番遠いところにいる。
あなたが。
あの人にとって
大切なあなたが。
あなたの「家族」
になるなんて。
考えただけで
ワクワクするわ。
もう上司と部下じゃないんでしょ。
彼曰く((笑)
「じゃあ」
と言って。
白衣を着たままの姿で彼女は
立ち去った。
なんだか少しだけ。
気持が軽くなった。
雪子はそう思って
軽やかに廊下を歩く。
窓の外には
三日月が心細そうに
輝いていた。