外科室(オマケ)
2016-09-24
この部屋は
いつも整っていて
無駄なものが何もない。
忙しいこの人は
この部屋を
いつ掃除するのだろう。
そんなことを考えながらも
窓に映る東京の夜景を眺める。
福岡の実家にいるときとは
まるで別世界。
煌く小さな灯りが
無数に輝き
そしてふと視線を内側の部屋に落とすと
同じように外を眺める彼の姿が見えた。
いつも整っていて
無駄なものが何もない。
忙しいこの人は
この部屋を
いつ掃除するのだろう。
そんなことを考えながらも
窓に映る東京の夜景を眺める。
福岡の実家にいるときとは
まるで別世界。
煌く小さな灯りが
無数に輝き
そしてふと視線を内側の部屋に落とすと
同じように外を眺める彼の姿が見えた。
――――
嫌だ。
やめろ。
そう俺を跳ね除けようとするその腕は
細くか弱い。
「そんな力ではとても」
少し低音の。
優しい声が強気な言葉を吐く。
自分でやめろと言っているのに
二人でベッドの上で抱き合っているのだから。
矛盾していると自分でも思う。
―――
「後部座席じゃないんですか」
石原元国家公安委員長の
還暦祝いというなんとも面倒なパーティに
少しだけ顔を出し、そのまま待たせていた
青木とともに車に乗り込む。
いつもは後ろに座る薪が
何も言わず助手席に乗り込んできたので
青木はついそう訊ねた。
「ああ。」
上目づかいで青木を仰ぎ見るその瞳は
少しだけ熱を帯びていて
青木は思わず息をのむ。
無言のまま車を走らせながら
所在なく窓の外を眺める薪の右手を
そっと握ると
彼は抵抗するでもなく
ただその流れに身を任せている。
・・・青木。
今日は泊まっていけ。
そう静かにつぶやく
ええ。と短い
返事が聞こえると
薪はほっとした顔で
目をつぶった。
―――
青木の背中にそっと腕を絡めたのが
二人の合図になった。
俺は薪さんの、
まるで少女のような唇を強引に奪う。
その唇を首筋に這わせていくと
彼が身震いした。
「震えてる」
そういうと
くすぐったいからだ。
と小さい声で呟くのが
可愛らしいと思った。
そのまま両腕をぎゅっと掴んだまま
彼の平らな胸を厭らしく舐めまわすと
「あっ。いや、やめろ」
首を振りながら
声が上ずっていた。
本当に嫌がってなどいないくせに。
そう言葉にすることで
自らの
プライドを保とうとする。
「ダメです。薪さん。もっと
乱れて、あのひととあなた。
どんな関係だったんです。
あの人の視線。分かるんです。
ただの憧れとか、友愛とかではない。
あれは。」
耳元で
・・・嫉妬だ
と囁く。
その瞬間、薪の
細い体が撓る。
その日の薪は
より感じていて
それがより嫉妬心を煽られた。
「なんで、なんでこんなに」
そう言いながら青木は
夢中で抱きしめる。
体中を隈なく愛撫され、
大きなその腕で腰を支えられ
優しく指で肌を擦らされるたびに
その快感で薪は息も絶え絶えになる。
「ああ、青木、もう、無理だ。
もぅ、、あ、いゃだ、、、、」
最後は涙目になりながら
彼を受け入れようとするそのいじらしさに
胸がいっぱいになった。
いつもの冷静な
いつもの揺るがない
その表情が
俺の指一つで
歪み
震え
悶える。
もう。
もう秘密なんていらない。
もう離したくない。
かけがえのない
人を。
僕は見つけたんだ。
嫌だ。
やめろ。
そう俺を跳ね除けようとするその腕は
細くか弱い。
「そんな力ではとても」
少し低音の。
優しい声が強気な言葉を吐く。
自分でやめろと言っているのに
二人でベッドの上で抱き合っているのだから。
矛盾していると自分でも思う。
―――
「後部座席じゃないんですか」
石原元国家公安委員長の
還暦祝いというなんとも面倒なパーティに
少しだけ顔を出し、そのまま待たせていた
青木とともに車に乗り込む。
いつもは後ろに座る薪が
何も言わず助手席に乗り込んできたので
青木はついそう訊ねた。
「ああ。」
上目づかいで青木を仰ぎ見るその瞳は
少しだけ熱を帯びていて
青木は思わず息をのむ。
無言のまま車を走らせながら
所在なく窓の外を眺める薪の右手を
そっと握ると
彼は抵抗するでもなく
ただその流れに身を任せている。
・・・青木。
今日は泊まっていけ。
そう静かにつぶやく
ええ。と短い
返事が聞こえると
薪はほっとした顔で
目をつぶった。
―――
青木の背中にそっと腕を絡めたのが
二人の合図になった。
俺は薪さんの、
まるで少女のような唇を強引に奪う。
その唇を首筋に這わせていくと
彼が身震いした。
「震えてる」
そういうと
くすぐったいからだ。
と小さい声で呟くのが
可愛らしいと思った。
そのまま両腕をぎゅっと掴んだまま
彼の平らな胸を厭らしく舐めまわすと
「あっ。いや、やめろ」
首を振りながら
声が上ずっていた。
本当に嫌がってなどいないくせに。
そう言葉にすることで
自らの
プライドを保とうとする。
「ダメです。薪さん。もっと
乱れて、あのひととあなた。
どんな関係だったんです。
あの人の視線。分かるんです。
ただの憧れとか、友愛とかではない。
あれは。」
耳元で
・・・嫉妬だ
と囁く。
その瞬間、薪の
細い体が撓る。
その日の薪は
より感じていて
それがより嫉妬心を煽られた。
「なんで、なんでこんなに」
そう言いながら青木は
夢中で抱きしめる。
体中を隈なく愛撫され、
大きなその腕で腰を支えられ
優しく指で肌を擦らされるたびに
その快感で薪は息も絶え絶えになる。
「ああ、青木、もう、無理だ。
もぅ、、あ、いゃだ、、、、」
最後は涙目になりながら
彼を受け入れようとするそのいじらしさに
胸がいっぱいになった。
いつもの冷静な
いつもの揺るがない
その表情が
俺の指一つで
歪み
震え
悶える。
もう。
もう秘密なんていらない。
もう離したくない。
かけがえのない
人を。
僕は見つけたんだ。
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外科室(10)
2016-09-24
やっと捕まえた。
彼は僕の腕をつかんで
そう言った。
どこから走ってきたのか、
息が上がっていて、
せっかくの一張羅のスーツが
乱れていた。
――
必死に追いかけて
彼を捕まえた瞬間。
とっくに終わったはずの
気持ちが動き出しだしそう
だと思った。
――
彼は僕の腕をつかんで
そう言った。
どこから走ってきたのか、
息が上がっていて、
せっかくの一張羅のスーツが
乱れていた。
――
必死に追いかけて
彼を捕まえた瞬間。
とっくに終わったはずの
気持ちが動き出しだしそう
だと思った。
――
賑やかなパーティ
壇上に立たされてもなお。
僕は彼を目で追う。
遠くで。
壇上にいる僕を
遠慮なく見つめる彼。
近くにいるときは。
視線すら合わせてくれなかったというのに。
―――
集まった同志たちは
賑やかに近況を語り、
お互いの腹を探り合う。
「石原さんもこれで一安心ですな」
そう微笑む議員に
父は困ったような顔で静かに語り掛ける。
いつもの父の癖だ。
その困り顔に皆、一瞬ひきつけられると言う。
「まだまだです。この年でまだ独り者で。
まあ、でもそのうちいい方がいらっしゃったら
お声をかけてください」
心にも思っていないことを満面の笑みで
言うのだから、恐ろしい。
それを聞いた周りの先生方は
一斉にざわついたかと
思うと、自分の身内の娘や孫の姿を
慌ててこの会場で探し出すのだ。
「うちの娘がちょうどこの会場におりまして」
「私のところもこれからここに来ると連絡が。ぜひ一度・・」
そんな彼らの言葉を笑ってかわしながら
父が見つめる先に彼の姿があった。
「おお、皆さん申し訳ない、
お一方、ご挨拶しなくてはならない方がおりまして」
と言いながら、駆け足で彼の元へ向かう。
「行正もついてきなさい。」
その一言に
心が高鳴る。
「薪くん、良く良く来てくれたね」
その声に振り向く彼を
見て僕は、
ああ。
やはり何て美しいのだろう
と見とれた。
あの頃の弱弱しさは、
凛凛しさに変化し、
投げやりな視線は
ゆるぎない信念を帯びて
輝くものとなって。
変わらないのは。
彼のその艶やかな唇。
繊細で濃厚なまつ毛。
そしてどこまでも澄み切ったその瞳。
「薪君、こいつが私の愚息の行正だ。
よろしく頼むよ」と父が告げると
彼は僕を見上げてまっすぐに見つめた。
さらに鼓動が高鳴る。
「立派なご子息ですね。」
その取り繕うような笑顔と
短い挨拶に。
これ以上踏み込まないでくれと
言わんばかりの態度に
僕はどこかで傷ついた気がした。
何も言えない僕に父は笑って言った。
「さすがのお前も彼の前では
緊張するのか」
いや。
そうではない。
もっと。
なにか。
彼に伝えなくては。
立ちすくむうちに
「では」と笑顔で返され、
彼はまた人の波に飲み込まれて
いった。
見失いたくない。
その一心で。
僕は会場を飛び出し、
彼を慌て追いかけた。
ホテルの長い廊下を。
迷路のようにいりくんだ
その中を。
――
「やっと捕まえた!」
やっとの思いで追いついたとき、
無意識に僕は彼の腕を掴んだ。
もう離したくないと思った。
自分で なんて余裕のない顔を
していることだろうと思った。
そんな僕をじっと見返して
彼は言った。
「ご無沙汰しております」
腕をそっと引き離し、
一歩下がって小さく会釈をする。
その姿は
まるで何かの儀式のようで
優雅なポーズのようだった。
もうかまわないでくれ。
とその目は頑なに語っていた。
「もう、会えないのか?」
自分でも未練がましいと思いながら
問いかける。
「あなたには大変助けていただいた。
あの頃必要な関係だった。」
「僕は、まだ君を・・・」
そう言う僕の唇にそっと人差し指を当てて
笑う。
あなたとの時間があったから。
今かけがえのない時間を生きていられる。
そう言って。
彼はもう一度
丁寧に会釈をすると
もう一度微笑んで
立ち去った。
遠くにいる部下らしい男性のもとへ
彼は軽やかに
向っていく。
「今の。
かけがえのない時間・・・か」
彼を待っていたあの若い男性は。
かけがえのない人なのかもしれないと
憶測した。
僕には。
君との時間がかけがえのない時間だったんだ。
僕はあの世界で
生きて 生きて
生き抜いてやる。
そう思いながら僕は
あの会場へあの世界へと
向った。
fin
壇上に立たされてもなお。
僕は彼を目で追う。
遠くで。
壇上にいる僕を
遠慮なく見つめる彼。
近くにいるときは。
視線すら合わせてくれなかったというのに。
―――
集まった同志たちは
賑やかに近況を語り、
お互いの腹を探り合う。
「石原さんもこれで一安心ですな」
そう微笑む議員に
父は困ったような顔で静かに語り掛ける。
いつもの父の癖だ。
その困り顔に皆、一瞬ひきつけられると言う。
「まだまだです。この年でまだ独り者で。
まあ、でもそのうちいい方がいらっしゃったら
お声をかけてください」
心にも思っていないことを満面の笑みで
言うのだから、恐ろしい。
それを聞いた周りの先生方は
一斉にざわついたかと
思うと、自分の身内の娘や孫の姿を
慌ててこの会場で探し出すのだ。
「うちの娘がちょうどこの会場におりまして」
「私のところもこれからここに来ると連絡が。ぜひ一度・・」
そんな彼らの言葉を笑ってかわしながら
父が見つめる先に彼の姿があった。
「おお、皆さん申し訳ない、
お一方、ご挨拶しなくてはならない方がおりまして」
と言いながら、駆け足で彼の元へ向かう。
「行正もついてきなさい。」
その一言に
心が高鳴る。
「薪くん、良く良く来てくれたね」
その声に振り向く彼を
見て僕は、
ああ。
やはり何て美しいのだろう
と見とれた。
あの頃の弱弱しさは、
凛凛しさに変化し、
投げやりな視線は
ゆるぎない信念を帯びて
輝くものとなって。
変わらないのは。
彼のその艶やかな唇。
繊細で濃厚なまつ毛。
そしてどこまでも澄み切ったその瞳。
「薪君、こいつが私の愚息の行正だ。
よろしく頼むよ」と父が告げると
彼は僕を見上げてまっすぐに見つめた。
さらに鼓動が高鳴る。
「立派なご子息ですね。」
その取り繕うような笑顔と
短い挨拶に。
これ以上踏み込まないでくれと
言わんばかりの態度に
僕はどこかで傷ついた気がした。
何も言えない僕に父は笑って言った。
「さすがのお前も彼の前では
緊張するのか」
いや。
そうではない。
もっと。
なにか。
彼に伝えなくては。
立ちすくむうちに
「では」と笑顔で返され、
彼はまた人の波に飲み込まれて
いった。
見失いたくない。
その一心で。
僕は会場を飛び出し、
彼を慌て追いかけた。
ホテルの長い廊下を。
迷路のようにいりくんだ
その中を。
――
「やっと捕まえた!」
やっとの思いで追いついたとき、
無意識に僕は彼の腕を掴んだ。
もう離したくないと思った。
自分で なんて余裕のない顔を
していることだろうと思った。
そんな僕をじっと見返して
彼は言った。
「ご無沙汰しております」
腕をそっと引き離し、
一歩下がって小さく会釈をする。
その姿は
まるで何かの儀式のようで
優雅なポーズのようだった。
もうかまわないでくれ。
とその目は頑なに語っていた。
「もう、会えないのか?」
自分でも未練がましいと思いながら
問いかける。
「あなたには大変助けていただいた。
あの頃必要な関係だった。」
「僕は、まだ君を・・・」
そう言う僕の唇にそっと人差し指を当てて
笑う。
あなたとの時間があったから。
今かけがえのない時間を生きていられる。
そう言って。
彼はもう一度
丁寧に会釈をすると
もう一度微笑んで
立ち去った。
遠くにいる部下らしい男性のもとへ
彼は軽やかに
向っていく。
「今の。
かけがえのない時間・・・か」
彼を待っていたあの若い男性は。
かけがえのない人なのかもしれないと
憶測した。
僕には。
君との時間がかけがえのない時間だったんだ。
僕はあの世界で
生きて 生きて
生き抜いてやる。
そう思いながら僕は
あの会場へあの世界へと
向った。
fin
外科室(9)
2016-09-22
会場内は人でごった返している。
内輪で、と言いながらも
マスコミも何社か入っていて、
この会の本当の意味を
改めて思い知らされた。
今日の本来の主役は
息子の私であることは
列席者も皆知っている。
引退を決めた父の後継者として
のお披露目会なのだ。
煌く会場。
品のない笑い。
政治の世界は
誠に野心溢れ
世俗的だ。
これから
僕はその世界に
今以上にどっぷりとつかっていく。
―――
さあ、と父の秘書に促され
奥の大広間へ通されると
先ほどの覚悟など
いとも簡単にかき消された。
僕は自分の立場も忘れ
彼の姿を探す。
まだ・・到着していないのか。
きょろきょろしていると
慌てて周りが気を遣う。
「ほら行正さん、こちらから」と
歴代の大臣への挨拶を促された。
どの先生も子供の時から
目をかけてくださった方ばかり。
父の地盤を引き継ぐこの若輩者にも
みな寛大だ。
こんな時。
二世議員である特権を
ありがたく思う。
そんな理由でパーティ開始早々、
僕と父の周りには
人だかりが絶えなかった。
(一体、彼はどこに?)
笑顔で周りに応えながらも
彼に会いたい気持ちが次第に
焦燥感に変わる。
そのとき。
遠くに人だかりができているのが
見て取れた。
「科警研の薪警視長だ」
と
誰からともなく囁やく声が聞こえる。
女性議員などは
年甲斐もなくきゃあきゃあ言っている。
彼がニューヨークに渡った後の活躍は
周りの期待以上のものだった。
MRI捜査の必要性を一気に高めたのは
彼がいたからこそで。
薪は日本の宝だというほど
マスコミが書き立てたほどだ。
そしてなにより
この美貌。
その知性。
遠目にも。
清涼剤のごとく。
彼の美しさは際立っていた。
あのころの
やっと息をしている
やっと歩いている
そんな彼の面影はどこにもない。
―――
なおかつ。
マスコミや外部に出ることを嫌うことで有名だ。
だからこうして
私的なパーティに訪れるなんて
めったにないことなのだ。
そう思うと
父の彼への貸しは
どれほど大きいものなのだろうかと勘ぐる。
早速、彼のもとへ駆けつけ、
声をかけようとした時だった。
司会者の声が会場内に響く。
近くのスタッフに
僕は壇上へエスコートされ
彼の姿を見失った。
内輪で、と言いながらも
マスコミも何社か入っていて、
この会の本当の意味を
改めて思い知らされた。
今日の本来の主役は
息子の私であることは
列席者も皆知っている。
引退を決めた父の後継者として
のお披露目会なのだ。
煌く会場。
品のない笑い。
政治の世界は
誠に野心溢れ
世俗的だ。
これから
僕はその世界に
今以上にどっぷりとつかっていく。
―――
さあ、と父の秘書に促され
奥の大広間へ通されると
先ほどの覚悟など
いとも簡単にかき消された。
僕は自分の立場も忘れ
彼の姿を探す。
まだ・・到着していないのか。
きょろきょろしていると
慌てて周りが気を遣う。
「ほら行正さん、こちらから」と
歴代の大臣への挨拶を促された。
どの先生も子供の時から
目をかけてくださった方ばかり。
父の地盤を引き継ぐこの若輩者にも
みな寛大だ。
こんな時。
二世議員である特権を
ありがたく思う。
そんな理由でパーティ開始早々、
僕と父の周りには
人だかりが絶えなかった。
(一体、彼はどこに?)
笑顔で周りに応えながらも
彼に会いたい気持ちが次第に
焦燥感に変わる。
そのとき。
遠くに人だかりができているのが
見て取れた。
「科警研の薪警視長だ」
と
誰からともなく囁やく声が聞こえる。
女性議員などは
年甲斐もなくきゃあきゃあ言っている。
彼がニューヨークに渡った後の活躍は
周りの期待以上のものだった。
MRI捜査の必要性を一気に高めたのは
彼がいたからこそで。
薪は日本の宝だというほど
マスコミが書き立てたほどだ。
そしてなにより
この美貌。
その知性。
遠目にも。
清涼剤のごとく。
彼の美しさは際立っていた。
あのころの
やっと息をしている
やっと歩いている
そんな彼の面影はどこにもない。
―――
なおかつ。
マスコミや外部に出ることを嫌うことで有名だ。
だからこうして
私的なパーティに訪れるなんて
めったにないことなのだ。
そう思うと
父の彼への貸しは
どれほど大きいものなのだろうかと勘ぐる。
早速、彼のもとへ駆けつけ、
声をかけようとした時だった。
司会者の声が会場内に響く。
近くのスタッフに
僕は壇上へエスコートされ
彼の姿を見失った。
外科室(8)
2016-09-19
あれから何年経っただろう。
あの日を最後に
彼ともう会うことはなかった。
風の便りに
聞くことはあっても。
僕の記憶の彼は
悲しそうな笑みを浮かべている。
あの日を最後に
彼ともう会うことはなかった。
風の便りに
聞くことはあっても。
僕の記憶の彼は
悲しそうな笑みを浮かべている。
―――
秋の夕空がまことに美しい。
そんな季節の始まりのころだった。
突然議員会館の僕の事務所に
やってきた父がソファに座るなり切り出した話に
僕は胸の高まりを抑えることができなかった。
「あくまで内輪のパーティだからな。」
と父が前置きをしてきりだしたのは
理由があった。
珍しい客人がおいでなのでな。
と嬉しそうに声が弾んでいる。
父が国家公安委員長だったころ、
目をかけていた警察官僚がいたらしい。
その彼が父の還暦の祝賀パーティに
に駆けつけてくれるという。
父の私設秘書がやっとのことで
約束を取りつけたものだ。
長年誘い続けてきた甲斐があったよ。
と父は嬉しくてたまらないらしい。
「そういうわけだから、行正も遅れないように
きてくれ。」
ところで、その方は?と尋ねると
いつもの父の癖で、鼻をヒクヒクさせながら
即答した。
「あの科警研の薪くんだ」
その言葉を聞いて
僕は思わず
えっ。と声が上ずった。
そんな僕の態度がなおさら
嬉しかったのかなおも続ける。
「以前第九の扱っていた事件で、
助け船を出した経緯があってね。
是非今回来てくれないかと私から誘ったんだ。
まあ、断りづらかったのだと思うがね。」
先日パリから帰国して今は法医学研究所の所長。
警視長に出世して、
将来的には警視総監、警察庁長官・・
も手の届く距離まで来ている。
あの彼が。
「僕もぜひお会いしてみたいですね。」
と冷静を装って席を立った。
隣で話を聞いていた秘書が僕に囁く。
「薪所長・・。麗人と言われる方ですよね。
私はまだお会いしたことないなあ。
大先生はお知合いなんですか!」
とすごく 興味深そうな顔で僕のそばまで寄ってきた。
「まあね。彼は有名人だから。」
とかわしたが、
胸の鼓動は。
しばらくの間高鳴っていた。
秋の夕空がまことに美しい。
そんな季節の始まりのころだった。
突然議員会館の僕の事務所に
やってきた父がソファに座るなり切り出した話に
僕は胸の高まりを抑えることができなかった。
「あくまで内輪のパーティだからな。」
と父が前置きをしてきりだしたのは
理由があった。
珍しい客人がおいでなのでな。
と嬉しそうに声が弾んでいる。
父が国家公安委員長だったころ、
目をかけていた警察官僚がいたらしい。
その彼が父の還暦の祝賀パーティに
に駆けつけてくれるという。
父の私設秘書がやっとのことで
約束を取りつけたものだ。
長年誘い続けてきた甲斐があったよ。
と父は嬉しくてたまらないらしい。
「そういうわけだから、行正も遅れないように
きてくれ。」
ところで、その方は?と尋ねると
いつもの父の癖で、鼻をヒクヒクさせながら
即答した。
「あの科警研の薪くんだ」
その言葉を聞いて
僕は思わず
えっ。と声が上ずった。
そんな僕の態度がなおさら
嬉しかったのかなおも続ける。
「以前第九の扱っていた事件で、
助け船を出した経緯があってね。
是非今回来てくれないかと私から誘ったんだ。
まあ、断りづらかったのだと思うがね。」
先日パリから帰国して今は法医学研究所の所長。
警視長に出世して、
将来的には警視総監、警察庁長官・・
も手の届く距離まで来ている。
あの彼が。
「僕もぜひお会いしてみたいですね。」
と冷静を装って席を立った。
隣で話を聞いていた秘書が僕に囁く。
「薪所長・・。麗人と言われる方ですよね。
私はまだお会いしたことないなあ。
大先生はお知合いなんですか!」
とすごく 興味深そうな顔で僕のそばまで寄ってきた。
「まあね。彼は有名人だから。」
とかわしたが、
胸の鼓動は。
しばらくの間高鳴っていた。
外科室(7)
2016-09-17
シャンパンの細かな泡が
上がっていく様が
キレイだなと思った。
その泡の先にぼんやりと
写しこんだ彼の表情と
泡が妙にしっくりきて
ああ、泣いているのだなと。
納得した。
上がっていく様が
キレイだなと思った。
その泡の先にぼんやりと
写しこんだ彼の表情と
泡が妙にしっくりきて
ああ、泣いているのだなと。
納得した。
「いいえ、このくらい思っていれば、
きっと謂いますに違いありません。」
えっ?
不意に台詞のような言葉が
彼の口から紡ぎ出され
振り返る。
「僕が眠れないのは、まるで
泉鏡花の外科室のようだと。
その部下が言うのです」
秘密を。
僕の抱えた秘密を。
思いもよらぬであろう
秘密を。
外科室。
その小説は。
あまりよろしくない結末だった。
僕は、シャンパンに口をつけてから
苦々しい顔で彼に告げる。
「君は。その秘密を貴婦人のように
死ぬまで抱えていくつもりか。」
かよわげに、
かつ気高く、
清く、
貴とうとい
その姿のままで。
その問いには答えることもなく。
彼は
ただ寂しそうに笑った。
忘れません。
その声、
その呼吸いき、
その姿、
その声、
その呼吸、
その姿。
伯爵夫人はうれしげに、
いとあどけなき微笑えみを含みて
高峰の手より手をはなし、
ばったり、枕に伏すとぞ見えし、
脣くちびるの色変わりたり。
(泉鏡花「外科室」より)
きっと謂いますに違いありません。」
えっ?
不意に台詞のような言葉が
彼の口から紡ぎ出され
振り返る。
「僕が眠れないのは、まるで
泉鏡花の外科室のようだと。
その部下が言うのです」
秘密を。
僕の抱えた秘密を。
思いもよらぬであろう
秘密を。
外科室。
その小説は。
あまりよろしくない結末だった。
僕は、シャンパンに口をつけてから
苦々しい顔で彼に告げる。
「君は。その秘密を貴婦人のように
死ぬまで抱えていくつもりか。」
かよわげに、
かつ気高く、
清く、
貴とうとい
その姿のままで。
その問いには答えることもなく。
彼は
ただ寂しそうに笑った。
忘れません。
その声、
その呼吸いき、
その姿、
その声、
その呼吸、
その姿。
伯爵夫人はうれしげに、
いとあどけなき微笑えみを含みて
高峰の手より手をはなし、
ばったり、枕に伏すとぞ見えし、
脣くちびるの色変わりたり。
(泉鏡花「外科室」より)
外科室(6)
2016-09-17
あれから何年か過ぎ、
彼と会う機会も減ったが
ある日彼からメールが入った。
夏のやけに蒸している
そんな昼の。
中途半端な時間帯だった。
「会えませんか」という一言。
「いいよ。いつ」
「今日」
突然だなと思いながら
「いいよ。仕事終わったら行く」
と短いメールをした。
久しぶりに会う彼は相変わらず美しく
たおやかで色気たっぷりだった。
それについては
本人が自覚していないのだから
罪なことだ。
いつも会ってもろくに話なんてせずに
ただお互い欲求を満たすための
時間を過ごすのに
今日はなぜか少し距離が近い。
「たまには飲みませんか」と
シャンパンを取り出した。
珍しいね。
「ええ、今日はお祝いなので」と優しく微笑む。
「お祝い?」
ええ、部下が婚約して。
嬉しくないのか。
そう言うと
「嬉しいですよ。僕の大切な二人なんです。
これ以上の喜びはない」
そう言う顔は
笑いもせず泣きもせず。
必死で感情を押し殺そうとして耐えている
ように見えた。
彼と会う機会も減ったが
ある日彼からメールが入った。
夏のやけに蒸している
そんな昼の。
中途半端な時間帯だった。
「会えませんか」という一言。
「いいよ。いつ」
「今日」
突然だなと思いながら
「いいよ。仕事終わったら行く」
と短いメールをした。
久しぶりに会う彼は相変わらず美しく
たおやかで色気たっぷりだった。
それについては
本人が自覚していないのだから
罪なことだ。
いつも会ってもろくに話なんてせずに
ただお互い欲求を満たすための
時間を過ごすのに
今日はなぜか少し距離が近い。
「たまには飲みませんか」と
シャンパンを取り出した。
珍しいね。
「ええ、今日はお祝いなので」と優しく微笑む。
「お祝い?」
ええ、部下が婚約して。
嬉しくないのか。
そう言うと
「嬉しいですよ。僕の大切な二人なんです。
これ以上の喜びはない」
そう言う顔は
笑いもせず泣きもせず。
必死で感情を押し殺そうとして耐えている
ように見えた。
外科室(5)
2016-09-14
*R
ご注意ください。
―――
だいぶ髪が伸びたな。
組み敷きながら彼の顔を
じっと眺める。
前髪がだいぶ邪魔じゃないか。
そう言ってそっと掻き上げると
頑なに目を閉じている。
ご注意ください。
―――
だいぶ髪が伸びたな。
組み敷きながら彼の顔を
じっと眺める。
前髪がだいぶ邪魔じゃないか。
そう言ってそっと掻き上げると
頑なに目を閉じている。
「そろそろ」
と、事務的な声で
そう語り掛けられ
ああ、といつものように
彼の瞳を覆うための
黒い布を取り出すと
少しだけきつめに結んだ。
「ねえ、君。本当はそんなに、こういうこと好きじゃないよね」
結びながらそう問いかける。
それなのに。
どうして僕を受け入れるの?
従順に身体を開いていく様は
本当にそそられるけれど。
君の気持ちはいつもどこか
上の空だ。
「そういうの。僕、嫌なんだよね」
そう言うと、ぐっと身体を思い切り
引き寄せてもう一枚の黒い布で
彼の両腕を縛り上げた。
(つっ!)
薪の身体がその一瞬のけぞる。
「なにを!」と鋭い声が部屋に
響き渡るが、やめるどころか
その動作に僕は一瞬で
身体が熱くなった。
(ああ、とても人間らしくていい)
「そう。そういう君の本当の声をききたい。
作り物のような君を抱くのはもう嫌だ。
もっと感じて。もっと叫んで。
落ちていく様をみせてくれ」
漆黒の闇の中で。
不意打ちのその緊縛で
この美しい人を
支配したい、痛めつけたいと
いう欲望に駆られていた。
―――
「いつも、君に遠慮して優しくしてきたけれど。
今夜は別だ。君のゆがむ顔。熱くなる身体を
じっくり味わせてもらいたい」
その男はそう言うと
無防備な僕の身体を
丁寧に指でなぞり始めた。
一瞬。
吐き気がした。
なんで僕はこんなことをしているんだろう。
僕は。
もっと罰を受けるべきなのだ。
そうだ。
これは。
罰なのだ。
―――
ピチャピチャという
舌が絡み合う音が聞こえるたび
彼の身体が次第にほぐれていくのが
手に取るように分かった。
「ねえ、どう。いつもより身体が
熱くなってるね」
そう囁かれても
彼は何も答えない。
いつもそうだ。
「どうしていつもそうやって黙ってるの」
君がどんなに気高くあったとしても。
君の身体は差し出された獲物のようなものだ。
ほら。
そう言って僕は仰向けの彼の身体をいとも簡単に
起こしながらそのまま前かがみの姿勢で
うつ伏した彼のあられもない姿に見とれる。
すごくいい。
なんて淫靡なんだろう。
なすがままにされる体勢を
受け入れざる負えないのは
屈辱に違いない。
だがその屈辱がお互いを興奮させる
ことも確かだ。
「やめろ」
きつい声でそう呟く彼のことなど
無視し、
縛られたその両腕をぎゅっと引っ張る。
そのまま後ろから彼を抱き締めながら
一番敏感なその場所に
液体でとろとろになった
僕の左手を当てがう。
あ、、っと小さい声をあげた彼の身体は
一瞬にして熱くなるのが分かった。
「すごい。いつもより感じてるんだね」
手に付けたその液体は
とある場所から入手したもので
催淫薬が含まれたローションだ。
それも。
相当強い作用がある。
彼の身体に触りながら、
そのローションが体中に
塗られたその姿は
僕が渇望した彼の姿であり、
僕は喜びに震えた。
「それに。その目隠しが、
より一層君の感覚を研ぎ澄ますんだ。
どう?ほら、イヤらしい音に今までの
誰よりも敏感だ。
それから。
触られる瞬間の肌のその感覚、
本当は見たくないんじゃなくて
感じたいんだろ。」
いたぶられて俯く姿も
堪らなかった。
しばらくして彼の身体に変化が
出始めた。
身体が見た目にもわかるほど震えていて
それは内側からくる快感の震えと思われた。
少し指でなぞるだけで
彼の細い足ががくがくしているのを見て取った。
膝に力が入らないらしい。
ああっ、
はぁ、、、
といつになく吐息が色っぽい。
「え、もうそんなに感じちゃってるの」
そう言うだけでびくっと身体が反応するようだった。
―――
「何を塗ったんだ」
そう言いながらも僕は
息が上がって苦しくてたまらなかった。
快感なのか、苦痛なのか
もうわからなくなりそうな感覚を
長く味わう。
やめろ。
もう、やめてくれ。
そう言いたいのに、
口から吐き出されるのは
女のような喘ぎ声ばかりだった。
両腕を縛られ、強制的なオーガニズム
から、僕は意識が飛びかける。
ああ、でも。
いつもよりすごく気持いい。
思っているだけで口にしていないだろうか。
と不安になりながら。
もう、やめないで。
もっと。
もっと、と声に出して
その男の身体にしがみつく。
「いいんだよ。もっと自分の感覚に素直になってごらん」
そう囁かれて唇を何度も奪われる。
僕は何度も唾を飲み込みながら
その唇の感触にすら敏感に反応している。
これはもう
罰ではなく、
快楽なのではないかと
頭の中でよぎりながらも
抑制のきかないまま
夢中になって彼を受け入れ
何度もキリのないほど
溺れていった。
と、事務的な声で
そう語り掛けられ
ああ、といつものように
彼の瞳を覆うための
黒い布を取り出すと
少しだけきつめに結んだ。
「ねえ、君。本当はそんなに、こういうこと好きじゃないよね」
結びながらそう問いかける。
それなのに。
どうして僕を受け入れるの?
従順に身体を開いていく様は
本当にそそられるけれど。
君の気持ちはいつもどこか
上の空だ。
「そういうの。僕、嫌なんだよね」
そう言うと、ぐっと身体を思い切り
引き寄せてもう一枚の黒い布で
彼の両腕を縛り上げた。
(つっ!)
薪の身体がその一瞬のけぞる。
「なにを!」と鋭い声が部屋に
響き渡るが、やめるどころか
その動作に僕は一瞬で
身体が熱くなった。
(ああ、とても人間らしくていい)
「そう。そういう君の本当の声をききたい。
作り物のような君を抱くのはもう嫌だ。
もっと感じて。もっと叫んで。
落ちていく様をみせてくれ」
漆黒の闇の中で。
不意打ちのその緊縛で
この美しい人を
支配したい、痛めつけたいと
いう欲望に駆られていた。
―――
「いつも、君に遠慮して優しくしてきたけれど。
今夜は別だ。君のゆがむ顔。熱くなる身体を
じっくり味わせてもらいたい」
その男はそう言うと
無防備な僕の身体を
丁寧に指でなぞり始めた。
一瞬。
吐き気がした。
なんで僕はこんなことをしているんだろう。
僕は。
もっと罰を受けるべきなのだ。
そうだ。
これは。
罰なのだ。
―――
ピチャピチャという
舌が絡み合う音が聞こえるたび
彼の身体が次第にほぐれていくのが
手に取るように分かった。
「ねえ、どう。いつもより身体が
熱くなってるね」
そう囁かれても
彼は何も答えない。
いつもそうだ。
「どうしていつもそうやって黙ってるの」
君がどんなに気高くあったとしても。
君の身体は差し出された獲物のようなものだ。
ほら。
そう言って僕は仰向けの彼の身体をいとも簡単に
起こしながらそのまま前かがみの姿勢で
うつ伏した彼のあられもない姿に見とれる。
すごくいい。
なんて淫靡なんだろう。
なすがままにされる体勢を
受け入れざる負えないのは
屈辱に違いない。
だがその屈辱がお互いを興奮させる
ことも確かだ。
「やめろ」
きつい声でそう呟く彼のことなど
無視し、
縛られたその両腕をぎゅっと引っ張る。
そのまま後ろから彼を抱き締めながら
一番敏感なその場所に
液体でとろとろになった
僕の左手を当てがう。
あ、、っと小さい声をあげた彼の身体は
一瞬にして熱くなるのが分かった。
「すごい。いつもより感じてるんだね」
手に付けたその液体は
とある場所から入手したもので
催淫薬が含まれたローションだ。
それも。
相当強い作用がある。
彼の身体に触りながら、
そのローションが体中に
塗られたその姿は
僕が渇望した彼の姿であり、
僕は喜びに震えた。
「それに。その目隠しが、
より一層君の感覚を研ぎ澄ますんだ。
どう?ほら、イヤらしい音に今までの
誰よりも敏感だ。
それから。
触られる瞬間の肌のその感覚、
本当は見たくないんじゃなくて
感じたいんだろ。」
いたぶられて俯く姿も
堪らなかった。
しばらくして彼の身体に変化が
出始めた。
身体が見た目にもわかるほど震えていて
それは内側からくる快感の震えと思われた。
少し指でなぞるだけで
彼の細い足ががくがくしているのを見て取った。
膝に力が入らないらしい。
ああっ、
はぁ、、、
といつになく吐息が色っぽい。
「え、もうそんなに感じちゃってるの」
そう言うだけでびくっと身体が反応するようだった。
―――
「何を塗ったんだ」
そう言いながらも僕は
息が上がって苦しくてたまらなかった。
快感なのか、苦痛なのか
もうわからなくなりそうな感覚を
長く味わう。
やめろ。
もう、やめてくれ。
そう言いたいのに、
口から吐き出されるのは
女のような喘ぎ声ばかりだった。
両腕を縛られ、強制的なオーガニズム
から、僕は意識が飛びかける。
ああ、でも。
いつもよりすごく気持いい。
思っているだけで口にしていないだろうか。
と不安になりながら。
もう、やめないで。
もっと。
もっと、と声に出して
その男の身体にしがみつく。
「いいんだよ。もっと自分の感覚に素直になってごらん」
そう囁かれて唇を何度も奪われる。
僕は何度も唾を飲み込みながら
その唇の感触にすら敏感に反応している。
これはもう
罰ではなく、
快楽なのではないかと
頭の中でよぎりながらも
抑制のきかないまま
夢中になって彼を受け入れ
何度もキリのないほど
溺れていった。
外科室(4)
2016-09-11
僕らの関係は
彼が自宅待機になってからも
しばらく続いた。
当初は。
そういう関係になれた
ことだけで十分だと思ったのに。
彼が自宅待機になってからも
しばらく続いた。
当初は。
そういう関係になれた
ことだけで十分だと思ったのに。
最初はお互い溺れていくと思ったほど
狂おしい一夜だと何度も思ったのに。
気がつくとそれは。
僕だけが感じていて
熱くなっているように思えて
くるのだった。
会えば会うほど。
僕はいつしか苛立ちを隠せなくなった。
―――
彼の部屋に行くには
地下からの駐車場からの
エレベーターか、
住人だけが知っている
エントランスを潜り抜けて
ロビーに入るパターンに限られる。
僕はいつものように
彼から聞いた番号を入力し
地下の駐車場へと向かう。
そこから彼の部屋の番号を押す。
すると中にいた彼が
インターフォン越しに僕を確認する。
「入ってください」
まったくの無表情で
そうまっすぐに僕を見た。
冷えた石壁のロビーが
余計に寒々しいと感じる。
そう。
その表情が。
最近の僕を苛立たせる。
もう何度も一緒に夜を過ごし
身体を重ねているのに。
彼の身体はいつも冷え切っていて
震えている。
心はいつも空っぽのまま
僕のことなど見もしない。
僕は次第に。
虚しさを感じるようになっていった。
そしていつしか。
(この澄ました顔を。
快楽で思い切りゆがませたい。)
と思うようになっていた。
そうでないと。
むなしくて遣り切れないと思った。
――――
彼は。
あの頃の彼は。
僕を必要となどしていなかった。
ただ自分を傷つけることで
かろうじて 生きていたのだと
今なら そう
振り返ることもできるのに。
―――
部屋に入ると
空気がよどんでいた。
「部屋の換気とか、しないの?」
そう言ってエアコンを勝手につける。
寒くて。
そう呟く彼を思わず後ろから
支えるとひどくやせ細っていて
これでは気力などとても出るまい。
と思う。
顔色悪いけど大丈夫?
ふらふらと部屋を歩く姿をみて
僕は心配になって
思わずそう声をかけた。
ええ。
そう言って
振り返ると
僕の腕に縋りついてきた。
そしてそのまま
僕に抱き締められると
素直に
胸に顔をうずめた。。
「ああ、温かい」
そう言いながら
ため息のような喘ぐ息が
体に響く。
俯く彼の顔をできるだけ
優しく撫でながら
彼の可愛らしい唇を舌でいやらしく舐めまわす。
するとびくっと身体が少しだけ
のけぞるのを僕は見逃さなかった。
(少しは感じるのか)
そう思うと、彼のその
感じる場所を隈なく探し出したい
欲求に駆られた。
そのまま。
そのからだを舌で這うように舐めると
そののけぞる感覚はより顕著になる。
しつこく
やめろと言われても
僕は彼の身体をひたすら
舌の先端で味わう。
「いや、もうやめ、、、」
か細い声が耳元で聞こえる。
体中が打ち震えているのは
寒さのせいなのか。
それとも。
「だめだ。身体がまだ全然、冷たい」
そう言いながら僕はただ彼の身体を
抱き締めてほぐしていく。
まだ。
そう
今夜はまだ始まったばかりだ。
狂おしい一夜だと何度も思ったのに。
気がつくとそれは。
僕だけが感じていて
熱くなっているように思えて
くるのだった。
会えば会うほど。
僕はいつしか苛立ちを隠せなくなった。
―――
彼の部屋に行くには
地下からの駐車場からの
エレベーターか、
住人だけが知っている
エントランスを潜り抜けて
ロビーに入るパターンに限られる。
僕はいつものように
彼から聞いた番号を入力し
地下の駐車場へと向かう。
そこから彼の部屋の番号を押す。
すると中にいた彼が
インターフォン越しに僕を確認する。
「入ってください」
まったくの無表情で
そうまっすぐに僕を見た。
冷えた石壁のロビーが
余計に寒々しいと感じる。
そう。
その表情が。
最近の僕を苛立たせる。
もう何度も一緒に夜を過ごし
身体を重ねているのに。
彼の身体はいつも冷え切っていて
震えている。
心はいつも空っぽのまま
僕のことなど見もしない。
僕は次第に。
虚しさを感じるようになっていった。
そしていつしか。
(この澄ました顔を。
快楽で思い切りゆがませたい。)
と思うようになっていた。
そうでないと。
むなしくて遣り切れないと思った。
――――
彼は。
あの頃の彼は。
僕を必要となどしていなかった。
ただ自分を傷つけることで
かろうじて 生きていたのだと
今なら そう
振り返ることもできるのに。
―――
部屋に入ると
空気がよどんでいた。
「部屋の換気とか、しないの?」
そう言ってエアコンを勝手につける。
寒くて。
そう呟く彼を思わず後ろから
支えるとひどくやせ細っていて
これでは気力などとても出るまい。
と思う。
顔色悪いけど大丈夫?
ふらふらと部屋を歩く姿をみて
僕は心配になって
思わずそう声をかけた。
ええ。
そう言って
振り返ると
僕の腕に縋りついてきた。
そしてそのまま
僕に抱き締められると
素直に
胸に顔をうずめた。。
「ああ、温かい」
そう言いながら
ため息のような喘ぐ息が
体に響く。
俯く彼の顔をできるだけ
優しく撫でながら
彼の可愛らしい唇を舌でいやらしく舐めまわす。
するとびくっと身体が少しだけ
のけぞるのを僕は見逃さなかった。
(少しは感じるのか)
そう思うと、彼のその
感じる場所を隈なく探し出したい
欲求に駆られた。
そのまま。
そのからだを舌で這うように舐めると
そののけぞる感覚はより顕著になる。
しつこく
やめろと言われても
僕は彼の身体をひたすら
舌の先端で味わう。
「いや、もうやめ、、、」
か細い声が耳元で聞こえる。
体中が打ち震えているのは
寒さのせいなのか。
それとも。
「だめだ。身体がまだ全然、冷たい」
そう言いながら僕はただ彼の身体を
抱き締めてほぐしていく。
まだ。
そう
今夜はまだ始まったばかりだ。
外科室(3)
2016-09-11
あの頃のことは
あまりよく覚えていないんです。
思い出したくもない。
久しぶりに会った彼はそう言って
僕を見上げた。
―――------
-------―
あまりよく覚えていないんです。
思い出したくもない。
久しぶりに会った彼はそう言って
僕を見上げた。
―――------
-------―
隣に座っていても
彼の表情は虚ろで、
僕らはただ
黙って座りながら
遠くに見える何かぼんやりとした
夜景を眺めていた。
ただ一つ。
そう。
「眠れないんです」
と言ったのが
彼の唯一発した言葉で。
僕は
「だったら僕の部屋に来ないか」と
一言誘った。
どうせ断られる、そう思って。
まあ。
政治家は断られることくらいで
心など折れたりしないんだ。
「ええ。いいですよ。」
小さな声で。
でも割とはっきりとその言葉は
僕に届いた。
そのあと暗黙の了解のように
彼は僕の部屋についてきて
一晩を過ごした。
翌朝、部屋に戻っていないことを
知った連れのあの長町警視正が、
心配して探し回っていたと聞いて
少し申し訳ない気持ちになった。
生きていてくれてよかった。
そう言って彼の顔を見てまた
戻っていったと、支配人がそう言っていた。
あの夜の彼は。
彼は意外なほどに従順で、
部下を殺したという
狂気さは皆無だった。
むしろ。
感情を置き忘れてしまった人形のようで
青白いその肌は冷たく陶器のようだと思った。
柔らかな髪としなやかなまつ毛の密度にいたっては
ビスクドールのようだと思った。
そして何よりも
魅力的だったのはその瞳だ。
ああ色素が薄いんだな。
とその瞳を見つめて思う。
アンバーの瞳。
光の加減では金色に映ることもある。
本当に見えているのだろうか。と
最中に何度も確かめようと
したが、その度手を振り払われて
ああ、見えているのだなと
妙に納得した。
こんなに美しいとは。
改めてため息をつく。
以前省庁で見かけたときから
気にはなっていたが、
接点も見いだせず、
別世界の人間とあきらめていた。
それなのに。
今僕の掌中にいとも簡単にいる。
それどころか。
狂おしいほどに
ほしがるその様は
一夜で僕を虜にした。
きっとあのころの彼は
自分を保てなかったのだろうと
推測された。
彼はプライベートなことは何一つ教えてくれなかった。
「人を殺した僕とこんなことをするなんて
あなたは怖いもの知らずですね」
とそれはよく言われたが。
ただ本当に自分の欲求を満たすだけの時間を
あの頃僕らは過ごした。
とてもエキセントリックで。
麻薬のように溺れていくと思った。
彼といると。
引きずられた。
会わなくなっても。
ほしくてたまらないと
時にそういう衝動に駆られるほどに。
彼の表情は虚ろで、
僕らはただ
黙って座りながら
遠くに見える何かぼんやりとした
夜景を眺めていた。
ただ一つ。
そう。
「眠れないんです」
と言ったのが
彼の唯一発した言葉で。
僕は
「だったら僕の部屋に来ないか」と
一言誘った。
どうせ断られる、そう思って。
まあ。
政治家は断られることくらいで
心など折れたりしないんだ。
「ええ。いいですよ。」
小さな声で。
でも割とはっきりとその言葉は
僕に届いた。
そのあと暗黙の了解のように
彼は僕の部屋についてきて
一晩を過ごした。
翌朝、部屋に戻っていないことを
知った連れのあの長町警視正が、
心配して探し回っていたと聞いて
少し申し訳ない気持ちになった。
生きていてくれてよかった。
そう言って彼の顔を見てまた
戻っていったと、支配人がそう言っていた。
あの夜の彼は。
彼は意外なほどに従順で、
部下を殺したという
狂気さは皆無だった。
むしろ。
感情を置き忘れてしまった人形のようで
青白いその肌は冷たく陶器のようだと思った。
柔らかな髪としなやかなまつ毛の密度にいたっては
ビスクドールのようだと思った。
そして何よりも
魅力的だったのはその瞳だ。
ああ色素が薄いんだな。
とその瞳を見つめて思う。
アンバーの瞳。
光の加減では金色に映ることもある。
本当に見えているのだろうか。と
最中に何度も確かめようと
したが、その度手を振り払われて
ああ、見えているのだなと
妙に納得した。
こんなに美しいとは。
改めてため息をつく。
以前省庁で見かけたときから
気にはなっていたが、
接点も見いだせず、
別世界の人間とあきらめていた。
それなのに。
今僕の掌中にいとも簡単にいる。
それどころか。
狂おしいほどに
ほしがるその様は
一夜で僕を虜にした。
きっとあのころの彼は
自分を保てなかったのだろうと
推測された。
彼はプライベートなことは何一つ教えてくれなかった。
「人を殺した僕とこんなことをするなんて
あなたは怖いもの知らずですね」
とそれはよく言われたが。
ただ本当に自分の欲求を満たすだけの時間を
あの頃僕らは過ごした。
とてもエキセントリックで。
麻薬のように溺れていくと思った。
彼といると。
引きずられた。
会わなくなっても。
ほしくてたまらないと
時にそういう衝動に駆られるほどに。
外科室(2)
2016-09-11
第九がたいへんなことになっていると
永田町でも話が上がっていた
そんなころだった。
狂気じみた脳をみた捜査員が
次々と死んでいったらしいと。
そしてその最愛の部下を殺して
残った薪という男がいると。
―――
僕はあの日。
夜の会合が終わり、
安堵した気持ちで
都内のホテルの
上階のバーで一人飲んでいた。
そのとき。
知った顔が入ってきたのを見た。
思わず顔をそむけ気付かないふりをしたが、
そこに来たのは元法務大臣である
長町氏の甥と
今話題の第九の薪だった。
二人とも何度か見かけたことがある。
警察庁のエリート官僚。
長町氏の甥は
いずれ政界に入るのではと噂されているエリートで
娘婿にしたいという声がたびたび上がる人物。
第九の薪にいたっては、あの事件以来
しばらく所在が分からないという話でもちきりだった
ところだ。
(こんなところにいたのか)
さすがに普通の状態でないのは見て取れた。
「長町・・今日はもう帰りたい」
「薪、今はまだマンションには帰らせられないんだ」
ダダっこと保護者との会話のようだ。
「マスコミも張ってる。今日はここのホテルで過ごすんだ。
長官にもそういうふうに言付かっている」と
言い含んで聞かせている。
「ホテルじゃなくても仮眠室で休めた」
「それじゃ食事もとらないしちゃんと眠れないだろ。
第一 あの場所に長くいてほしくない。今はまだ」
そんなやり取りが聞こえてくる。
僕も一緒にいたいんだが・・・。
一度戻らなくてはと必死で言い訳をしていて、
「もういい。」と
投げやりに長町を追いやった。
「・・わがまま言ってすみません。何から何まで。」
事前に話が言っているのか、
店のバーテンダーに
「いつもので。よろしく」と言って
お願いして彼は早々に立ち去った。
ここは会員制のバーで、
面倒な客などはいない。
しばらく部屋で過ごしている
彼をどうにか引っ張り出して
気晴らしをさせるにはちょうどいい場所かもしれない。
カウンターに心もとなく
座っている姿はなんとも
しどけなくそそられた。
もともと小柄である彼は
ますます細くか弱く見える。
「何も召し上がっていないとお聞きしましたので」
とマネージャーが気を利かせて
いくつか運んできたが、
それに口を付ける様子もなく
バーボンをたまに口につけては
虚ろな様子で窓に映る夜景を
眺めている。
僕は意を決して席を立った。
「ご一緒しても?」
さりげなく周りに人がいなくなったのを見計らって隣に近付く。
隣でびくっとしたのがわかった。
「驚かせてすみません。僕はこういうものです」と
できる限り紳士的に名刺を差し出す。
「石原・・行正?」
冷めた目で名刺を見る。
「何か?」
「一人にしてとくのが憚られるようだったので」と
いうと何も言わずまたバーボンに口を付けた。
夜の会合が終わり、
安堵した気持ちで
都内のホテルの
上階のバーで一人飲んでいた。
そのとき。
知った顔が入ってきたのを見た。
思わず顔をそむけ気付かないふりをしたが、
そこに来たのは元法務大臣である
長町氏の甥と
今話題の第九の薪だった。
二人とも何度か見かけたことがある。
警察庁のエリート官僚。
長町氏の甥は
いずれ政界に入るのではと噂されているエリートで
娘婿にしたいという声がたびたび上がる人物。
第九の薪にいたっては、あの事件以来
しばらく所在が分からないという話でもちきりだった
ところだ。
(こんなところにいたのか)
さすがに普通の状態でないのは見て取れた。
「長町・・今日はもう帰りたい」
「薪、今はまだマンションには帰らせられないんだ」
ダダっこと保護者との会話のようだ。
「マスコミも張ってる。今日はここのホテルで過ごすんだ。
長官にもそういうふうに言付かっている」と
言い含んで聞かせている。
「ホテルじゃなくても仮眠室で休めた」
「それじゃ食事もとらないしちゃんと眠れないだろ。
第一 あの場所に長くいてほしくない。今はまだ」
そんなやり取りが聞こえてくる。
僕も一緒にいたいんだが・・・。
一度戻らなくてはと必死で言い訳をしていて、
「もういい。」と
投げやりに長町を追いやった。
「・・わがまま言ってすみません。何から何まで。」
事前に話が言っているのか、
店のバーテンダーに
「いつもので。よろしく」と言って
お願いして彼は早々に立ち去った。
ここは会員制のバーで、
面倒な客などはいない。
しばらく部屋で過ごしている
彼をどうにか引っ張り出して
気晴らしをさせるにはちょうどいい場所かもしれない。
カウンターに心もとなく
座っている姿はなんとも
しどけなくそそられた。
もともと小柄である彼は
ますます細くか弱く見える。
「何も召し上がっていないとお聞きしましたので」
とマネージャーが気を利かせて
いくつか運んできたが、
それに口を付ける様子もなく
バーボンをたまに口につけては
虚ろな様子で窓に映る夜景を
眺めている。
僕は意を決して席を立った。
「ご一緒しても?」
さりげなく周りに人がいなくなったのを見計らって隣に近付く。
隣でびくっとしたのがわかった。
「驚かせてすみません。僕はこういうものです」と
できる限り紳士的に名刺を差し出す。
「石原・・行正?」
冷めた目で名刺を見る。
「何か?」
「一人にしてとくのが憚られるようだったので」と
いうと何も言わずまたバーボンに口を付けた。