「え、何、剛君、とうとうご挨拶に伺ったの?」
いつの間に来ていたのか
雪子さんがこちらのテーブルに歩み寄りながら
興味深そうな顔で薪を凝視した。
(岡部めっ)
・・挨拶ってどういう意味でしょうか。
と不機嫌そうに薪は食べていた箸を丁寧に
箸置きにそっと戻すと冷静な顔で雪子を見つめる。
「先日の桜木さんの件があったので
その帰りに立ち寄ってお姉様にお線香を。
手を合わせてきただけです」
それを聞いた彼女は
優しく、本当に優しい声で
「そうだったのね。剛くん、ありがとう」
と丁寧にお礼を言って微笑み答えた。
一度は家族として関わってきた彼女の
心中を察した薪ははっとした表情をして
雪子を見つめた。
「いえ。雪子さん。」
と薪も優しく微笑みかえした。
そんな空気が和らいだ瞬間、
雪子は一瞬の隙をついて
スッと薪のスーツのポケットから
携帯を抜いた。
なっ!
と思わず薪は手を伸ばしたが、
雪子の動きのほうが断然早くて
あっという間に雪子の手の内に収まった。
これなあに?
ふふっと嬉しそうにそして意地悪そうに
雪子は携帯についている、
おおよそ薪らしくないそのストラップを
指さした。
えっ。
思わず岡部もそのストラップに見入っていた。
可愛らしいキャラクターの
女子っぽいリボン。
「それは・・・舞ちゃ、いや、
青木の姪御さんがそのときくれたもので、、」
明らかに赤面して、動揺している薪を眺めて
雪子は一瞬驚いた顔をしたが、その後すぐに
舞ちゃん、ねえ。
と少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべた後、
そっと、携帯を丁寧に薪のポケットに戻し、立ち去った。
あの後。
結局、青木たちに引き留められ、
そのまま
夕食までいただいて
帰ってきたのだった。
「マキちゃん、これお守りね。」
帰り際に舞が差し出したのは
ピンクのかわいらしいキャラクターの
リボン。
舞がおまじないかけておいたから。
これがあれば、
涙が止まるんだよ。